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2017-03-23

スナップ写真の恐怖

最近何度か飲み会に誘って貰う機会があったのだが、「記念写真!」と撮られる写真ではなく、秘かに撮られたスナップ写真の自分の顔の酷さに言葉を失うことが多い。年齢ゆえのものかもしれないが、とにかく酷い。どう酷いか説明できないほど酷い。出勤前の洗面台で見る顔とは別人のようだ。あれは鏡が長年の労をねぎらってサービスしているのだろうか?と思うほどだ。あれほど表情筋が稼働しなくてはカッコいいことを話していてもさっぱり説得力がないではないか。あぁ・・・

ということで、スナップの気配がするといきなり顔に気合が入るようになってしまった。だからといってカッコよくなるわけでもないが、弛緩しているよりは幾分ましだ。

最近、ボケてしまった祖母の面倒を見ているからだろうか、老いについて考える機会が増えた気がする。あんなにしっかりしていた祖母でさえこんな風になってしまうのかと思うと、いずれの自分を想像せずにはいられない。仕方ないことだとも思うが、まだしっかりしている今の頭で想像するのはなかなかに厳しいものがある。

老いを想像するたびに行うのは逆算だ。〇歳でボケるとして、△歳までには身辺整理して、◇歳までにやりたかったことは全部やって・・・などと漠然とした予測を元に今からの行動を考えるのが癖になってきている。で、ハッとするのだ。そんな遠い未来のことではないではないか!と。

焦りつつもできることを考える。そう、手始めに表情筋だ。表情筋を鍛えてスナップ写真に備えねばならなかった。そんなわけで最近は仕事場に到着して珈琲用のお湯を沸かす間、「あめんぼあかいなあいうえお」「うきもにこえびもおよいでる」・・・と昔演劇をかじったころに教えてもらった発声練習を表情筋総動員で行うようにしている。きっと凄まじい顔をしていると思うが、迫りくるスナップ写真の恐怖を乗り越えるためにコツコツと頑張らねばならないのである…ごにょごにょ。


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