嵐の夜に歯を磨くことの意味
この記事は2016年に執筆した内容を、2026年の視点で書き直したものです。
焦りは、あなたの「誠実さ」の現れ
心が折れて、体が動かなくなったとき。 最初に押し寄せてくるのは、「焦り」ではないでしょうか。
時間はどんどん過ぎていく。仕事のこと、家族のこと、周りへの申し訳なさ……。「早く治さなければ」「こんなところで止まっていられない」という気持ちが、背後から追いかけてくるように感じる。
でも、その焦りは決して弱さではありません。それはあなたが、これまでどれだけ誠実に、一生懸命生きてきたかの証なのだと思います。
ただ、弱り切った心と体を、一気に立て直すことは誰にもできません。傷が深いほど、癒えるまでには時間がかかる。それは自然なことなのです。
「責任」って、重荷を背負い続けることじゃない
以前の私は、責任とは「どんなに辛くても耐えて、走り続けること」だと思っていました。
でも今は、少し違う考え方をしています。
「責任(Responsibility)」という言葉には、「応答する力(Response-ability)」という意味が込められています。今、悲鳴を上げている自分の心身に、どう応えるか。無理して動き続けることではなく、「今は休む」という選択をすることも、自分への、そして周りへの誠実な「応答」なのだと。
日常という、小さな錨(いかり)
「早く元に戻らなければ」という大きな目標の前では、日々のささやかなことがつい後回しになりがちです。
でも、心が嵐の中にあるときほど、小さな日常の積み重ねが「錨」になってくれます。
- 朝、顔を洗う。
- 温かいものを、3食ちゃんと食べる。
- 夜、歯を磨く。
これは単なるルーティンではありません。「今日も自分の体を大切にできた」という、自分自身への小さくて確かなケアです。
大きな山を登ることを目指す前に、まず今日という一日を支える「土台」を整えること。遠回りに見えても、実はそれが一番の近道だったりします。
不完全なまま、今日を生きていい
完璧に元通りにならなくていいんです。「正しく」直そうと頑張りすぎなくていい。
今の自分にできる範囲で、今の自分の状態に「少しだけ優しく応えていく」。その地道な積み重ねの中で、気がつくと日常の感覚が少しずつ戻ってきます。
自己犠牲で生き続けるには、人生は長すぎます。焦りに飲み込まれそうになったとき、一度だけ立ち止まって、自分に聞いてみてください。
「今の自分に、どんな優しい言葉をかけてあげられるだろう?」
一人で待つのがしんどくなったときは、いつでもお声がけください。不完全なままのあなたが、また自分の足で立ち上がれるまでの時間を、一緒に歩んでいければと思っています。
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