「分かり合えない」を受け入れる
この記事は2016年に執筆した内容を、今の視点で書き直したものです。
「正しさ」が、かえって関係を壊してしまうとき
子供の頃から、「問題には正面から向き合って解決しなさい」と教わってきました。
でも大人になって人間関係が複雑になってくると、その「正しさ」を貫こうとすることで、かえって大切な何かが壊れてしまうことがあります。
とくに、相手を変えようと「合わない部分」ばかりを見つめ続けると、向き合えば向き合うほど心はすり減り、相手の存在そのものが重荷に感じられてくる。そんな経験、ありませんか?
「どこに光を当てるか」という選択
相手の嫌なところに反応してしまうのは、ある意味で自然なことです。でも、そのすべてに全力で向き合う必要はありません。
大切なのは、自分たちの関係のどの部分に、自分のエネルギーを向けるかを選ぶことです。
相手の欠点を直すことに全力を注ぐのではなく、二人の間にある「心地よい沈黙」や「共通の好きなもの」に、意識的に目を向けてみる。それは消極的な逃げではなく、お互いの個性を壊さずに関係を続けるための、賢明な選択だと思います。
「100%分かり合わなければ」という思い込みを手放す
「すべてをわかり合わなければならない」という気持ちは、自分も相手も追い詰めます。育った環境も性格も違う二人が、完全に重なり合うことはありません。
むしろ、分かり合えない部分を無理に埋めようとしないこと。「相手の中に、私の知らない領域がある」ということをそのままにしておくこと。それは、相手を自分の思い通りにしようとしない、深い敬意なのではないかと思います。
「分からない」という余白があるからこそ、私たちは相手に対して、いつも新鮮に、誠実に向き合い続けることができるのです。
不完全なまま、共にいること
相手の好きな部分を大切にすることは、嫌な部分から目を逸らすことではありません。欠点も含めた「その人全体」を、そのまま受け入れるための知恵です。
完璧じゃない二人が、完璧じゃないまま、心地よい距離感でいられること。そんな「ほころびのある関係」こそが、一生をかけてゆっくり育てていく価値のあるものだと感じています。
自己犠牲でつながり続けるには、人生は長すぎます。関係の「ほころび」に疲れてしまったときは、少し視線を逸らして、自分自身を整える時間を取ってみてください。
不完全なままのあなたが、誰かと穏やかにつながり直せるまで。その道のりを、ゆっくりと一緒に歩んでいけたらと思っています。
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