2026-06-01

アドラー心理学の目的論とは

『なぜ』より『何のために』で考える

アドラー心理学の「目的論」とは

アルフレッド・アドラーが創始した「個人心理学」には、人の行動を、その人が向かおうとしている目的や目標との関係から理解しようとする考え方があります。これが、一般に「目的論」と呼ばれているものです。

何かうまくいかないことが起きたとき、私たちはまず、「なぜ、こうなったのだろう」と原因を探そうとします。過去の経験、人間関係、育ってきた環境、そのときのストレス。そうした背景を振り返ることは、自分を理解するうえで大切です。

一方、目的論では、そこにもう一つの問いを加えています。「この行動や考え方は、今の自分にとって、どんな役割を果たしているのだろう」という問いです。

「なぜ」と「何のために」は、どちらか一つではない

たとえば、どうしても仕事へ行けなくなったとします。

「職場で長く強いストレスを受けていた」「人間関係で傷つく経験が続いていた」という過去の経緯を理解することも大切です。その一方で、「仕事へ行かないことで、今の自分は何から距離を取っているのだろう」「この状態は、結果として何を守ることにつながっているのだろう」と考えてみることもできます。

ここでいう「目的」は、「本人がわざと仕事へ行かないようにしている」という意味ではありませんし、ましてや心身の不調をすべて「本人が何かの目的で作り出している」と捉えるわけでもありません。

原因を知ることと、現在の行動がどんな目的を持っているかを考えることは、両立します。私は、目的論の面白さは「過去を無視すること」ではなく、「なぜこうなったのか」だけで行き止まりになったときに、「では、今の自分は何を求め、これからどちらへ向かいたいのか」という別の方向から自分を見ることができるところにあると思っています。

自分を責めるためではなく、選択肢を増やすために

「この行動には何か目的がある」と言われると、「自分でこの苦しさを選んでいるということ?」「結局、自分のせいだと言われているのでは?」と感じる人もいると思います。でも、私は目的論を、自分を責めるための考え方として使う必要はないと思っています。

たとえば、人の顔色を読むことも、何でも自分で抱え込むことも、嫌なことを断れないことも、その人なりにこれまでの人間関係の中で身につけてきた関わり方かもしれません。

そして今も、「嫌われないようにする」「関係を壊さないようにする」「これ以上傷つかないようにする」といった役割を果たしていることがあります。その役割に気づくことができると、「こんな自分はダメだ」という見方から、「私は、こうすることで何を守ろうとしているのだろう」という見方へ少し変えることができます。

そして、その方法が今の自分を苦しめているのであれば、「何か別の方法はないだろうか」と考えることもできます。

過去に身につけた反応を、すぐに変えられるわけではありません。それでも、「なぜ私はこうなのか」だけで終わらず、「これからはどうしたいのか」という問いを持てること。私は、そこに目的論を使う意味があると思っています。

「何のために」を、自分を理解する問いとして使う

カウンセリングでも、私は「あなたは○○するために、この行動をしているんです」と答えを決めることはしません。同じ行動でも、その人の経験や置かれている状況によって意味は違うからです。

むしろ一緒に、「このとき、何を避けたかったのだろう」「何を守りたかったのだろう」「本当は、どうなったら安心できるのだろう」と考えていきたい。すぐに答えが出なくても構いません。過去を振り返ることで分かることもあれば、今の人間関係や生活を見直して初めて気づくこともありますからね。

そして大切なのは、「本当の目的」を当てることではありません。自分の行動や考え方を、「どうして私はこんな人間なんだろう」と責める材料にするのではなく、「このやり方には、私なりの理由があったのかもしれない」「では、これからはどうしたいのだろう」と考える材料にしていくことです。

「なぜ、こうなったのか」を理解することも大切。そして、「これから、どちらへ向かいたいのか」を考えることも大切。

私は、その両方を行き来しながら、自分なりに納得できる生き方を探していくことが、カウンセリングでできることではないかなと考えています。


これからどうしたいのかは少し見えてきたとしても、実際に動こうとすると怖くなったり、大きく変えようとして動けなくなったりすることもあります。そんなときは、未来を一気に変えようとせず、今できる小さな一歩に目を向ける考え方も参考にしてください。

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