優しさと誠実さの混同
カウンセラーとしてのキャリアの初期、私は「誠実さ=相手の要望に可能な限り応えること」だと考えていました。
時間が過ぎても「もう少しだけ」と請われれば延長し、深夜のメールにも「きっと不安なんだろう」と返信する。少しだけ話したいと言われれば、「落ち着くことができるなら」と電話にも応じる。
それがカウンセラーとしての寄り添い方だと思っていたのです。
しかし、その「良かれと思って引かなかった境界線」が、ときに予期しない結果を招くことを、ある経験から学びました。
毒になる優しさ
心理援助の現場では、良かれと思った優しさが、必ずしも相手の力になるとは限りません。
相手の痛みに同調するあまり、決められた枠を曖昧にしたまま求めに応え続けることが、かえってその人が自分で考えたり、選んだり、行動したりする機会を減らしてしまうことがあります。
私自身、行き過ぎかなと感じる要望にも応え続けた結果、「困ったときにはまず自分で考えてみる」よりも、「困ったらカウンセラーに頼る」という関係を強めてしまったことがありました。
振り返れば、相手を信じているつもりで、実はその人自身の力を十分に信じ切れていなかったのかもしれません。
手を貸し続けることが、いつも支援になるとは限らない。一見寄り添っているようでいて、その人が本来持っている力を使う機会まで奪ってしまうことがある。良かれと思った援助が、必ずしもその人の力になるとは限らない。
その経験は、今も自分の関わり方を見直す原点になっています。
境界線こそが、回復のための安全な手すり
この経験を経て、現在はカウンセリングにおける境界線を意識的に大切にしています。
「ここまでは一緒に考えます。でも、ここから先はあなた自身が選んでいく領域です」
そう示すことは突き放すことではなく、むしろ「あなたには自分で考え、選び、歩いていく力がある」と信じることでもある。
適切な境界線は、カウンセラーとの関係を安全に保ち、その関係の外にある日常でも、自分で考え、選び、行動していくための手すりになります。
自分の力で歩いていくための、一緒に歩む時間として
今の私が考える誠実さとは、目の前の要望にすべて応えることではありません。ときには「そこまではできません」と伝えることもあるでしょう。
それでも、長い目で見たときにその人自身の力につながる関わりを考え、専門家として必要な境界線を守ること。そして、自分自身の心や生活も大切にしながら、目の前の人と向き合うこと。
自分をすり減らしながらでは、誰かが自分の力で歩いていくことを支え続けることはできません。
カウンセリングは、いつまでも誰かに支えてもらうための場所ではなく、いずれ自分自身で考え、選び、歩いていくための時間でもあります。
そのための一時期を一緒に歩く存在として、これからも誠実に向き合っていきたいと考えています。










