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2019-12-12

HSP概念に対する私の認識

HSP概念に対する現時点での認識

HSPを一つの軸としてカウンセリングや交流会を実施する中でたどり着いた私自身の認識についてご説明します。これはあくまで経験と自己認識に基づいた個人的考えですから、すべての人に向けて書いているわけでも、正しいというわけでもありません。私のカウンセリングを選ぶうえでの目安としていただければという意味合いです。

HSPに限らず内向性などの性格分類の分野では「生き辛さの理由を調べているうちにHSPや内向性を知った」という方でも、自己理解が進み自分に合った生き方ができるようになるにつれ、「私はHSPだから…」というセリフをほとんど口にしなくなるというのが、カウンセリングが上手く機能した場合に起きていることです。また、私は仕事用のツイッターアカウントを運用していますが、フォロワーさんで自身のHSP傾向について積極的に理解を進めている人ほど、徐々に「私はHSPだから…」から離れていく傾向にあります。(自分らしく生きられるようになると他のことに興味が向き始める)

以上を鑑みて、自己理解が進むにつれてHSPという概念は不要になるのでは?と仮説を立ててみると、あくまでHSP概念は【気質を理解して、自分に合った生き方を選べるようになるまでの秀逸な自己理解ツール】であって、自己理解そのもの【HSP=自分】ではないのでは?という考えにたどり着きました。それは個性や多様性の観点から考えても成立すると思います。

また同じ根拠により(あくまで私見ですが)長きにわたり【自分=HSP】の状態のままで苦しんでいる方は、①自己理解できているという思い込みが自分に合う工夫の実施を阻害している。②抱えている問題や疾患をHSPと誤認している。のではないかと考えています。(②に関しては勉強会でもHSP傾向によく似た精神疾患を紹介してセルフチェックしていただいています。実際に他の問題の影響でHSP傾向が強くなっている人が多いと感じます)要するに、どちらも自己理解できていないために起きているのではないかと捉えることができます。

また、近年解明されつつある『気質や性格の多くは家庭環境から作られる』という研究を正しいとして考えるなら、生き辛さの原因は【一般的な価値観通りに生きるのは苦手な気質なのに、子供時代の環境の中でその価値観を正しさだと学んできたことで、結果的に自己理解より自己否定を促進させてしまった】ことにもあることになり、上記の考えを後押しします。

以上が私の個人的な見解です。交流会や勉強会では繰り返し言及してきましたが、HSPは自己理解の入り口としては秀逸ですが、「HSPだとわかったから大丈夫」という出口にはなり得ないと考えるのは上記の理由によるものです。

よって私はHSPカウンセリングの入り口ではHSP概念をクライエントさんの自己理解ツールとして大いに利用しますが、自己理解が進むにつれて、それぞれのアイデンティティや気質に合う生き方の探求を目指したカウンセリングに切り替えていきますので、ご理解の上利用していただければ幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

2019/12/12 リフレイム代表 内田裕司


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