パートナー選びの負の連鎖

大人の愛着障害|パートナー選びの負の連鎖
1. 「経験していないこと」は、大人になってもできない
「経験していないことはできない」というのは、愛着障害や複雑性PTSDを語る上での一つの定説である。そう考えれば、精神的に未成熟なまま大人にならざるを得なかった人が存在するのは、ある種の必然といえる。
2. 生き残るために特化させた「対人技術」の副作用
こうした人は、かつて逆境的な環境(感情的な親、過干渉や自己中心的な親の元など)を生き抜くために、「相手の機嫌を取り、気分を良くさせる技術」を磨くことで自分を守ってきた。しかし、その技術に特化して適応してきた事実は、親元を離れた後の対人関係においても、その方法以外に「他者とうまくやる術」を知らないということを意味する。
3. 「理想の家庭」を願うほど、罠にはまる皮肉
あのような家庭はもう御免だ、自分こそは愛情深い理想の家庭を築こうと願うのは、過去の苦しみを思えば当然の切実な願いだろう。しかし皮肉なことに、パートナー選びの段階で無意識に駆使してしまうのは、対親用に培われた「自分を抑えて相手を優先的に満足させる技術」なのだ。
その結果、当然ながら、そうした過度な献身を当然のように享受する「未成熟な人」を、自然とパートナーに選んでしまう。ここに、悲劇の連鎖が生まれる。未成熟な者同士には、特有の「パズルのピースがはまるような相性の良さ」が存在するからだ。
4. 自立した人が「攻撃的」に見えてしまう理由
もし、精神的に自立している人をパートナーに選んでいれば、その人は「意見を言わない、欲求を出さない、すべてを相手に合わせる」という振る舞いに対して、異論を唱えたはずである。それはあなたの「意見の内容」に反対しているのではない。「自分の意志を持たないこと」そのものに対する、対等な人間としての問いかけだ。それこそが、自立した人間のあり方だからである。
本来なら、その異論こそが過去の土台から抜け出すチャンスなのだが、対人不信が強化された環境で育った身には、その忌憚のない意見が「攻撃」や「無理解」に聞こえてしまう。そのため、自立した人とは「うまくいかない」と感じ、離れてしまうのだ。
5. 「居心地の良さ」という名の再演
一方で、精神的に未熟なパートナーは、自分を先回りして満たしてくれる存在に「運命」を感じ、手放しで喜ぶ。自分を抑えることに慣れきった側も、相手と円満でいられるなら自己犠牲など安いものだと感じてしまう。そうして二人はゴールインするだろう。しかし、その「居心地の良さ」の正体が、限りなく「かつての親」との関係の再現であることに気づく人は、それほど多くはない。
しばらくして、形を変えた「理不尽で尊重のない日々」が再び始まったとしても、それは決して不思議なことではないのである。
6. 再生へのステップ:人で損なわれたものは、人で回復する
もし契約(結婚など)の前にこの傾向に気づけたのなら、他者との関係性を一から学べばいい。「経験していないことはできない」のであれば、これから経験を積んでいけばいいだけのことだ。複雑性PTSDの改善方針も、まさにそこを指し示している。
もし契約後に気づいたならば、残りの人生をどう過ごしたいか、真剣に検討を重ねる必要がある。お子さんがいるのであればなおさらだ。
- 「変わりたいか」を自問する:変わるには地道な向き合いが必要であり、相応の覚悟が求められる。まずは自分の本心を時間をかけて確かめてほしい。
- 環境を整える:パートナーとの関係を維持しながら変わる道を探すのか、一度解消して自分を取り戻すのか。どの土俵で戦うかを決める。
- 再構築を始める:自己理解を深め、知識を獲得し、新たな経験を蓄積する。人で損なわれた安心感は、適切な人との関わりの中でしか回復しない。まずはカウンセラーなど専門家のサポートを受けることを強く推奨する。
ここまで、大人の愛着障害にまつわるパートナー選びの負の連鎖の原因と対策について書き記した。もちろんこれはひとつの考え方だから、他に適した方法を見つけたなら、そちらを検討して欲しい。どちらにせよ自己犠牲で生きるのは一生は長すぎる。どこかで壊れてしまうことだって大いにあり得るのだ。だからパートナーとの問題で苦しんでいるのなら、立ち止まって考える価値は十分にある。












