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2018-03-31

正しいと思ってしまう人

正しいと思ってしまう人

正しいと思うことは大事な気もしますが、私のような仕事をやっていると一概にそういうわけでもないと思う機会が多々あります。そこで今日は『正しいの違和感』について話してみます。

私のカウンセリングルームにやってくる自己否定癖の強い人たちは、多くの場合自分の考える正しさについてこだわりを持っていて、それができない自分を強く否定したり、失望したりしています。

しかし、子供の頃から現在まで随分と長い間にわたり、その正しさに捉われて苦しい思いを続けているわけですから、それが達成できないとしたら、目標設定が間違っているという可能性を考えることや、そもそもその正しさ自体に矛盾を孕んでいる可能性を考えることも必要です。

現在実施している「毒を持つ親の影響を学ぶ勉強会」では、参加者の皆さんに、「その正しいというものの見方はどこから生まれたか」について考えてもらっています。心理学では、思い込みの元凶でもある「~しなければならない」「~であるべき」「一般的には~」「世間の人は~」という正しさを表現する言葉の多くが(絶対とまではいきませんが)親の影響から生まれたものと捉える見方があるからです。自我が芽生えて間もないような子供が、様々な「正しいこと」についての考えを持っているとは考えにくいですからね。


悪気があるわけではありませんが、自己評価が低い親ほど、人にどう思われるかに敏感ですので、つい誰が見ても文句を言われないような選択を子供にも求めてしまいます。例えばテストや実技で良い点を取ることや、名の知れた学校に合格することですね。しかしそういった過干渉な環境で育った子は、親の影響を受けすぎて視野が狭く=他の価値観を持ち合わせない人間になっていきますので、頑張っても期待に応えられない場合、無意識のうちに「自分はダメな人間だ」と考えるようになりがちです。また、子供の頃は達成できていた場合でも、大人になり社会に出て100点をとることはとても難しいことですから、同じように「自分はダメな人間だ」と考えるようになるのです。


繰り返しますが、何かを正しいと思うことはある意味大事なことだと思います。しかし、正しさに捉われ過ぎてしまうのは、あるいは正しさを人に押し付けてしまうのは、そうしていれば私は良く見えるはずという自信の無さの表れでもあります。ただでさえ今は激しい変化が起き続けている時代。時間と共に正しさは変わるし、人の数だけ正しさは存在していると考えるほうが、正しさはひとつと考えるより理にかなっているとは思いませんか。

正しさに捉われ過ぎて辛くなっているなら、ちょうどいい機会だと思って、その正しさの根拠について考えてみてください。それはあなたの知識や経験や価値観から考え出したものですか?それとも人にどう思われるかを気にし過ぎた誰かの考えですか?

というわけで今日の話はここまでです。また会う日までどうかお元気で!


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