2018-11-02

無難も無言もメッセージ

言葉はコミュニケーションツールとして最も大切な役割を担っています。それぞれ考え方や感じ方が違う人間同士ですから、分かって欲しいときには、どんなに親しい間柄でも、気持ちや考えを言葉にして伝えることが必要です。

もちろん思った通りに伝わるかどうかは分かりませんので、できるだけ相手に届きやすい言葉を選んだり、質問や問いかけを通じて確認し合う作業も大事ですね。

とはいえ、人間関係が苦手だったり自分に自信が無い人は、気持ちや考えを伝えることを躊躇することが多いのではないでしょうか。過去の辛い経験や他者に対する不信感など、理由は様々ですが【自分の考えや言葉が誤解を与えたり、相手の機嫌を損ねることへの不安】【自分自身が攻撃されたり、理解されないことへの恐怖】などから、言葉を選び過ぎて上手く話せなかったり、無難な対応しかできないことがあるのだと思います。

また複数の人たちと交わるシチュエーションでは、相槌だけで一切口を開かなかったり、ひたすら相手に同意し続ける気使いを続けて疲れ切ってしまうこともあるでしょう。リフレイムで実施しているHSP交流会の参加者の方に話を聞くと、かなりの割合で「食事会や飲み会はエネルギーの消費量が多すぎるので、理由をつけて断ります」という方がいらっしゃいます。

様々な選択には様々な事情がありますので、一概にどうこうという判断はできませんが、客観的には、そういった他者とのコミュニケーションを必要とする現場において、ひとつ気になることがあります。それは考えを一切話さなかったり、話さないという態度を決め込んでしまう人がいることです。(誤解があるといけないので説明しますが、自己開示が必要な場所に意志を持って参加したにも関わらず話さないという選択をする人のことです)

繰り返しますが、様々な事情があるのでそのこと自体は責められるものではありません。しかし、一方でそれらの人に対峙している人たち(交流会の場合、他者を理解しようという目的で参加されている方)には、そういった姿勢がどう映っているのか?それが今回のテーマです。

人間関係が苦手だったり、自分に自信のない人にとっては、自己開示しないことはとても有効な自己防衛の手段。そうしている限りは、相手の感情を刺激することが無いから、自分に矛先が向くこともないと考えられるからです。しかし、場合によっては逆に相手を刺激してしまうこともあるのです。

例えば、交流会には各回3~4名の参加者がいらっしゃいます。「他者とどう交わるか知りたい」「多様性を学びたい」「同じ立場の人の話を聞きたい」といった目的をお持ちになっている方が中心です。そのような意見交換の場において大事なのは双方向ということです。質問に応えてくれたなら自分も自己開示するという姿勢や、自己開示に対して深く理解しようとする姿勢を見せ合うことは、相互の安心感や信頼感を育て更なる意見交換を可能にするメッセージといえます。

しかし一方で、質問はするけど自己開示はしない。質問を受けても受け流す。といった態度を見せる方もいます。前述したように自己開示しないことは有効な自己防衛の手段ですから、その人にとっては悪気もないし、いつも通りの姿勢です。でも相手から見るとその姿勢は「拒絶」や「無視」といった類の行動に見えなくもありません。もっと言えば、自己開示した結果として相手が閉じてしまったなら、「あなたのことは信頼していない」と言われたような感覚に陥ったとしても不思議ではないのです。(相手と自分を入れ替えてシュミレーションしてみるとわかります)

くどいようですが、自己防衛として「無難な対応」「無言」「自己開示しない」という選択をしてしまうのは、深い事情があるからだということは理解していますし、止めてくださいという気も毛頭ありません。これはそれぞれの課題として時間をかけて向き合っていけばいいだけです。

ただ、他者と交わる目的の場に参加した上でそれをやってしまうことの危険性については理解しておく必要があります。【話さない】こともまたメッセージなのです。それも場合によってはかなり直接的で暴力的なメッセージではないでしょうか。

もうひとつ、類似した例を挙げてみます。

精神的や肉体的に調子の悪いときに他者と交わりたくなくなるということは誰にでもあると思います。自分のことで精一杯だし、人を巻き込みたくないという気づかいもあるのかもしれません。ただ、この場合も気をつけたいと思うのは、それまで頻繁に交流していた割と親しい人ともスパッと連絡を絶ち切ってしまうことです。何か月も音信不通で急に現れた人に「調子悪かったから迷惑かけたくなくて連絡しなかったんだ」と言われて「それはありがとう」と思う人などまずいないのではないでしょうか。

【状態を隠す】ことも【連絡をしない】ことも、すべてメッセージです。それを受け手がどうとるかは、それまでの関係性によると思いますが、場合によっては「信頼を損なう行為」にもなり得るということです。皆さんはどう思いますか?

今回は話さないこともメッセージというお話でした。他人同士である以上、人間関係は難しいもの。それでも一生付き合っていかなければなりません。「信頼感を育てる」という課題に取り組むのは難しいことではありますが、人間関係が一生の課題と考えるのであれば向き合っても良いのではないかな?というのがこの仕事に携わる私の考えです。

ではまたお会いする日までお元気で。

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